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大阪地方裁判所 平成3年(モ)50966号 決定

債権者

東條裕彦

右訴訟代理人弁護士

桜井健雄

(他二名)

債務者

岩井金属工業株式会社

右代表者代表取締役

広沢清

右訴訟代理人弁護士

中村善胤

原則雄

主文

一  債権者と債務者間の大阪地方裁判所平成三年(ヨ)第二五号地位保全等仮処分命令申立事件につき、同裁判所が平成三年二月二二日になした仮処分決定のうち、主文第一項を認可し、同第二項を、次のとおり変更する。

1  債務者は、債権者に対し、平成三年一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二六日限り月額一七万七六六〇円の割合による金員、並びに平成三年七月六日限り金二三万〇五二六円、同月二六日限り金三万八四二一円、同年八月二六日限り金三万八四二一円、同年九月二六日限り金一万三六八二円、及び同年一二月二八日限り金一四万円をそれぞれ仮に支払え。

2  債権者のその余の申立てを却下する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

1  主文第一項の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という)を認可する。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

二  債務者

1  本件仮処分決定を取り消す。

2  債権者の本件仮処分申立てを却下する。

3  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債務者は、金属プレス飯金熔接加工及び金属製品製造等を目的とする株式会社であり、肩書地に本社を置き、同所及びその周辺や大阪府枚方市、門真市などに工場を有し、その従業員数は約二〇〇名である。

2  債権者は、昭和六〇年三月債務者に採用され、以後第一製造部第一機械部門においてプレス工として勤務し、平成元年四月からは同部門第三班の班長をしていた者である。

3  債務者は、平成二年一二月二八日、債権者に対し、債権者を解雇する旨の意思表示をした。その理由は、債権者が、第一に、同年一〇月一三日の従業員集会において、債務者の代表者である広沢清社長(以下「広沢社長」という)が集会場に入るとき罵声を浴びせ、また広沢社長の発言を妨害したこと、第二に、同年一一月八日、第一機械工場のプレス機を毀損し、債務者に損害を加えたこと、第三に、同年一二月四日、食堂に債務者の許諾なくして「井手窪委員長を職場に戻せ」との掲示をしたこと、第四に、同月二日、債務者の工場内に不法に立ち入ったこと、の四点であった。

二  争点

債権者は、右解雇理由がいずれも事実無根であって、債務者のなした本件解雇は無効であり、かつ、債務者からの給与を唯一の収入とする労働者で、その給与の支給を受けないと生活に困窮するなどと主張して、地位保全・賃金仮払いの本件仮処分を申し立てた。これに対し、債務者は、本件解雇は正当であり、仮に本件解雇が無効であるとしても、その地位保全・賃金仮払いの必要性はない旨主張して争うので、本件争点は、

1  本件解雇の正当性

2  地位保全・賃金仮払いの必要性

ということになる。

第三争点に対する判断

一  本件解雇の正当性について

1  債権者は、債務者のなした本件解雇の意思表示が、債務者の従業員によって組織された岩井金属労働組合(以下「組合」という)の青年部長を務めている債権者の組合活動を嫌悪したものであり、債務者の解雇理由とする事情はいずれも事実無根であって、本件解雇は無効であると主張するので、以下検討する。

まず債務者が主張する解雇理由の第一は、債権者が平成二年一〇月一三日の従業員集会において、広沢社長が集会場に入るとき罵声を浴びせ、また広沢社長の発言を妨害したというものである。しかし、本件証拠(書証略)によると、債権者は、同年六月六日に結成された組合の青年部長であること、債務者においては、同年一〇月初めころ、広沢が債務者の代表者である社長に就任して以来、組合幹部を呼びつけて組合の解散を迫ったり、職制を動員して組合員に脱退を強要したり、組合員という理由だけで職務に差別を加えるなど、露骨に組合を嫌悪敵視する態度をとり、同月一三日には、広沢社長が組合の執行委員長である井手窪啓一(以下「井手窪」という)に対し、さしたる理由もないのに突然解雇を通告したこと、その解雇通告の直後に開かれた従業員集会において、債権者は、集会場の前方に向かっていた広沢社長に対し、一言「不当だ」と抗議し、また広沢社長が話を始める前に「あんまりおかしいんではないですか」と発言したにすぎないことが認められる。

右認定事実によると、債権者の言動は、日頃組合を嫌悪する態度をとっていた広沢社長がさしたる理由もなく井手窪を解雇したことに対する抗議と理解されるところ、井手窪の解雇については債務者側に非があって、広沢社長に対し抗議をなすことも無理からぬものがあり、またその態様も平穏なものであったことに照らすと、債権者の言動をもって、広沢社長に対し「罵声を浴びせ」、また広沢社長の「発言を妨害した」ということはできず、債務者が解雇理由の第一として主張する事実は、これを認めることはできない。

2  次に、解雇理由の第二は、債権者が、平成二年一一月八日、第一機械工場のプレス機を毀損し、債務者に損害を加えたというものであるが、これを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、債務者は、第一機械工場のプレス機の一部塗料が削り取られて「団結」の二字が表出されたことをもって、プレス機の毀損と主張しているものと考えられるが、そのことによってプレス機の作動に影響があるとは考えられず、これをもってプレス機の毀損ということはできない。

3  さらに解雇理由の第三は、債権者が、平成二年一二月四日、食堂に債務者の許諾なくして「井手窪委員長を職場に戻せ」との掲示をしたというものである。しかし、本件証拠(書証略)によると、債務者は、組合を嫌悪し、労働協約によって設置を保証されていた組合掲示板を、同年一〇月から一一月にかけて一方的に撤去したため、組合においては、組合のビラや機関紙を掲示する場所がなくなったこと、その後広沢社長が同年一一月二八日ころ食堂に組合の機関紙(組合ニュース)を掲示する旨発言し、同日ころから組合の機関紙が食堂に掲示されていたこと、そこで債権者も、井手窪の不当解雇に関し、「井手窪委員長を職場に戻せ」と記載した組合ニュースを食堂に掲示したことの事実が認められる。

右の認定事実によると、債権者の掲示行為は、広沢社長の発言に従ったものであって、不当なものというべきではなく、むしろ労働協約を無視して一方的に組合掲示板を撤去した債務者が責められるべきであって、債権者の右掲示行為を解雇理由とすることは許されない。

4  そして、解雇理由の第四は、債権者が、平成二年一二月二日、債務者の工場内に不法に立ち入ったということである。しかし、本件証拠(書証略)によると、債務者は、組合を嫌悪し、労働協約によって供与を保証されていた組合事務所を、同年一一月ころ、一方的に破壊したこと、また労働協約では、組合が就業時間外に会社施設内で組合活動をすることが保障されていたこと、そこで、債権者は、右組合事務所を修繕するため、勤務時間外である同年一二月二日の日曜日に、組合事務所の存在した工場内に立ち入ったものであること、また右工場の守衛は、債権者の立入りを知ったものの特に退去を要求することはなかったことの事実を認めることができる。

右の認定事実によると、債権者の右立入りは、何ら債務者の事業活動に影響を与えるものではなく、またその原因は、債務者が組合事務所を一方的に破壊したことにあるのであるから、債権者の右立入りをもって、不法なものとして解雇理由とすることも許されるべきではない。

5  以上によると、債務者が解雇理由として主張する事情は、いずれも正当な解雇理由となしえないものであるから、債務者の債権者に対する本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用というべきで、無効である。

従って、債権者は、依然として債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあるが、債務者がその地位を争っており、債権者がこのまま本案判決の確定を待っていたのでは、それまで債務者から従業員として当然受けるべき待遇を受けられず、債権者の生活が維持できなくなるおそれがあり、特に社会保険等の加入による利益を享受するためには、仮にその地位を定めておく必要性があるので(書証略)、債権者が求める従業員たる地位保全の仮処分の申立ては理由がある。

二  賃金の仮払いについて

(書証略)によると、債権者は、現在独身であるが、債務者からの給与のみで生計を立てている者であり、特に資産はないこと、債権者は、平成二年一月から同年一二月までの一年間に債務者から賞与を除く給与として諸手当を含め合計二二一万六九二七円(税金及び社会保険料込み)の支給を受けており、そこから通勤手当及び食事手当を控除した基本給、調整手当、皆勤手当、時間外手当等諸手当の合計は金二一三万一九二七円であること、賞与を除いて毎月二六日までに給与を受けていたこと、債権者は、債務者から夏期賞与として、平成二年七月六日に金三二万一〇五〇円(税金及び社会保険料込み)、冬期賞与として同年一二月二八日に金一四万円(税金及び社会保険料込み)の各支給を受けたことの事実が認められる。

ところで、賃金仮払いを命ずる仮処分は、賃金の支払いが断たれることにより労働者の生活が危機に瀕し、本案判決の確定を待てないほどに緊迫した事態に立ち至るのを暫定的に救済することを目的とするものであって、保全すべき権利の終局的実現を目的とするものではないから、仮払いを命ずべき金額は当該労働者の生活を維持するに必要な限度に止めるべきものである。

これを本件についてみると、通勤手当及び食事手当については、現実になされた通勤や勤務に伴う費用につき実費弁償的に支給されるものであって、賃金の性質を有するものではないので、仮払いの対象とすべきではないが、債権者が本件解雇前一年間に受けた賞与を除く給与のうち、基本給及び諸手当(但し、右通勤手当及び食事手当を除く)の総合計金額二一三万一九二七円を基礎として算出された月平均額は、次の計算式のとおり金一七万七六六〇円であるところ、これは都市で生活をする独身労働者にとってその生活を維持するにあたり必要な金額というべきであり、毎月右金額の仮払いを命ずる必要性がある。

2,131,927円÷12=177,660円

なお債務者は、皆勤手当は債権者が皆勤することを前提としており、また時間外手当も債権者が実際に時間外に勤務することを前提としているので、これを含めて仮払額を算定するのは妥当でないと主張するが、(書証略)によると、債権者の基本給は低く、皆勤手当や時間外手当が給与の重要な構成部分となっていて、皆勤手当も時間外手当も毎月金額に変動はあるものの相当額の支給を受けていることが認められ、本件解雇の意思表示がなければ毎月その平均額程度の支給を受けられたというべきであるから、皆勤手当及び時間外手当を含めた給与の合計額を基礎に毎月の仮払額を算定することに合理性がある。従って、債務者の右主張は採用しない。

次に、毎月の給与に関する仮払いの終期については、債権者が本案訴訟の第一審で勝訴すれば、仮執行宣言を得ることによって同様の目的を達することができるので、本案の第一審判決言渡しに至るまでとするのが相当である。

さらに賞与であるが、右のとおり毎月の給与に関する仮払額を金一七万七六六〇円であるとすると、都市で生活をする独身労働者としては必ずしも十分な金額とはいえず、毎月の生活に不足を生ずることは十分考えられるとともに、労働者は賞与の支給を前提として年間の生活設計を立てることが通常であることに照らし、賞与についても、平成三年において、前年と特に事情の変化の疎明のない本件では、平成二年と同様の時期に同額の仮払いを命ずる限度で、その必要性があるというべきである。しかし、平成四年以降については、現時点でその必要性や仮払額等を判断することは困難で、その疎明もないというべきである(もし、必要があれば、平成四年以降に賞与の仮払いを求めるべきである)。また債権者は、賞与を毎月の給与と合算し、その総合計額を基礎として算出された月平均額の仮払いを求めるが、その方法によると、賞与については、その大半が本来の支給日よりも前に支給される結果となって合理性を欠くので、賞与については、毎月の給与と合算してその総合計額を基礎として算出された月平均額の仮払いを命ずることはできないというべきである。従って、賞与については、平成三年七月六日限り金三二万一〇五〇円の、同年一二月二八日限り金一四万円の各仮払いを命ずる限度でその必要性があるというべきである。もっとも、保全異議は、債務者の不服申立ての性質を有するので、債務者に不利益に変更することができないところ、平成三年七月六日限り仮払いすべき金三二万一〇五〇円につき、平成三年七月六日までに前払いとして本件仮処分決定で仮払いを命ぜられた金額は金二三万〇五二六円(すなわち、本件仮処分決定で認められた月額二一万六〇八一円から本決定で認容する毎月の給与の仮払額である金一七万七六六〇円を差し引いた一か月の差額金三万八四二一円の、平成三年一月二六日から同年六月二六日までの六か月分)となるので、平成三年七月六日には右金二三万〇五二六円の限度で仮払いを命ずることになる。その余の金九万〇五二四円については、本件仮処分決定では後払いとなっていて債務者に利益となっているので、平成三年七月六日に一括して仮払いを命ずると、不利益変更となるおそれがある。従って、本件仮処分決定と同様、同年七月以降の給与の支給日に右差額金額の仮払いを命ずべきことになり、同年七月二六日及び同年八月二六日限りそれぞれ差額金額である金三万八四二一円の仮払いを命じ、さらに同年九月二六日限りその残額金一万三六八二円の仮払いを命ずべきことになる。

三  以上によると、債権者の本件仮処分申立てのうち、従業員たる地位保全の申立てについては理由があるので、本件仮処分決定のうち、主文第一項を認可し、また賃金仮払いの申立てについては、平成三年一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二六日限り月額一七万七六六〇円の割合による金員、並びに平成三年七月六日限り金二三万〇五二六円、同月二六日限り金三万八四二一円、同年八月二六日限り金三万八四二一円、同年九月二六日限り金一万三六八二円、及び同年一二月二八日限り金一四万円の各仮払いを求める限度で理由があり、その余は失当として却下すべきであり、これと異なる本件仮処分決定の主文第二項を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大段亨)

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